NARRAGONIAN / ナラゴニアン

ルネッサンス中期、ドイツの作家、セバスティアン・ブラント(Sebastian Brant)が書いた 「阿呆船」(Das Narrenschiff)という文学作品がある。

愚者、白痴、道化などが船に乗り込み、阿呆の国「ナラゴニア」を目指し彷徨するという内容で、 これら奇人変人の阿呆たち、ナラゴニアンを描くことで、作者は当時の人々の狂態や悪行などを風刺していると言われている。

15世紀後半に刊行された後も、ラテン語をはじめ各国語にも翻訳され、ヨーロッパ中で読まれていたようだ。

また、この作品とは直接的な関係はないかもしれないが、「快楽の園」などで知られる画家のヒエロニムス・ボッシュも「阿呆船」をモチーフにした作品を残していて、 同時代に共有している時代精神/イメージのようなものがあったように思える。

後年の研究では、当時の人々の狂人や変人などに対する態度や接し方、受容の仕方がこの作品から見て取れるという。

この作品が書かれた前の時代、ヨーロッパ中世は一般的に(ルネッサンスの啓蒙主義からみて)「暗黒時代」と称され、 文化の衰退や疫病などにより社会的に不安定な時期とされている。

しかし、一方で、狂人や変人は社会から分断されずに、 むしろ、神からのメッセンジャー、稀人のような存在として割ともてはやされてきたようで、 狂気への感受性という意味では、中世の人々のほうがより親しみをもっており、大らかであったようだ。

その後、この作品が発表されたルネッサンス初期~中期の頃から、徐々に狂気は厄介な存在となり、排除されつつあったという。

このため、阿呆船の「船」というのは、この作品が書かれた時代における狂気の受容のされ方、 人々がもっていた狂人への親しみのようなものが徐々に薄れると同時に、完全に排除されている状態でもない、ちょうど中間の過度期を示したアレゴリーでもあるようだ。

彷徨い続ける船は陸にいるのではないが、その姿は陸にいる人々から見えているといった距離感だろうか。

そして、この狂気の排除はルネッサンスから古典時代、近代になるとさらに進み、ついに現代のような隔離・監禁に至ってしまう。

阿呆船に乗ったナラゴニアンたちは、人々から牧歌的な狂気への親しみが失われた前夜、今に至る大らかさや、やさしさの喪失の象徴のように思えてならない。

このトラッド音楽ユニット、NARRAGONIANの名は、そんな失った何かを連想させてくれるナラゴニアンたちを由来としている。